BLOG|夜8時の電話
昨日の夜のこと。
食後にくつろいでいたら、携帯電話がなりました。
番号を見ると東京からです。
出てみると、少々お年を召していらっしゃるようですが
とても上品な女性の声が耳に響きました。
「おたくで30年も前にテーブルを買わせていただきましてね。
長年大事に使ってきたんですけれど、このたび引っ越しを
することになっちゃったんです。
ほんとうはこのまま使いたいんですけれど、私も○○歳に
なっちゃったものですから、あるかたにお譲りすることにいたしました。
つきましてはこのテーブルがなんの木でできてるのか、
お譲りするお相手にお伝えしたいので、
教えていただけませんでしょうか」
女性のお年ですから敢えて伏せさせていただきますけど、
15歳以上はお若いと思いましたねえ。
ちょっと話が逸れちゃいますが、うちは昔から故・秋山ちえ子さんに
ずいぶんとお世話になってきました。
たくさんお得意様をご紹介してくださったり、
私たちの暮らしじゃ行けないような素敵なお店でお食事を
ごちそうしてくださったりもしました。
秋山さんはときに鋭く、
「あなた、これじゃいけないわよ」
と指摘してくださったり、
「この前買わせていただいた作品は、いつ見ても素晴らしいわ」
と絶賛してくださったりしました。
厳しさと、優しさと、謙虚さが、全て自然に同居したような
秋山さんは、私どもの心の拠り所でもありました。
このお電話のお声は秋山さんを思い起こさせてくれるところがあって、
つい涙腺が緩みそうに。
話を戻します。
お話ぶりから、そのテーブルがどれだけ大切にされていたのか、
目に浮かぶようです。
30年前はオイル塗りは導入していませんでした。
摺り漆塗りだけでした。
漆は時が経つにつれて、
ゆっくり、ゆっくりと、
その性質を変えていきます。
お醤油のようだった色はべっこう色に明るくなり、
さらっとしていた表面はすべすべになり、
ややくすんだような色味がつややかに、
そして丈夫になっていきます。
ぞんざいに扱ってしまえば漆も色落ちしたり色あせてしまいますが、
お声からかいま見えるこのかたのおうちでは、
きっと極上の美しさになっていることでしょう。
うちではこの40年間につくってきた家具と、
それを買ってくださったお客さまの記録を、
全部残してあります。
ですから買ってくださったときの名義さえわかれば、
事務所で調べることができます。
この時は自宅にいましたので、いつもなら翌日あらためて調べるんですけど、
なぜか昨夜はすぐに調べなきゃ!と思って事務所にとってかえしました。
調べてみたら、栃の木。
しかも、長さが2メートル、奥行きも1メートル以上もある、
今ではまったく見ることのできなくなった大木から採れた一枚板でした。
しかも正確には1983年の製作です。
私はまだ立てずにハイハイしていた頃です(笑)
岩泉純木家具ができてから、まだ10年もたっていませんでした。
作った職人さんはずいぶん前に鬼籍に入っておられます。
その頃から21世紀の今日に至るまで、
毎日大切に使われてきた栃の木の一枚板テーブル。
それが来年、次の使い手のかたにひきとられていくんです。
それも、お話によると「この人なら喜んでお譲りする」というかたのもとへ。
こんな家具、世の中に多くはないでしょう。
それに携わる私たちの仕事って、自分でいうのもなんですが、
とてもすてきだなと思うのです。
このかたはお電話を切るまでなんども、
ご丁寧にお礼のことばをかけてくださいました。
このときほど、事務所の電話を転送電話にしておいてよかったと
思ったことはありません。
正直に言いますと、私はプライベートな時間に仕事の話をすることが
あまり好きではないんです。
ですがこのときばかりは心に満ちあふれんばかりの幸せを
感じることができました。